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【書籍】柴崎友香「春の庭」感想【芥川賞受賞作】

小説を書くことに燃えたぎり、その勉強をしたいと、少しずつ文芸誌を読むことに決め、
ある春の日、文藝春秋系列の「文學界」という雑誌を買ってきました。

文学界 2014年 06月号 [雑誌]文学界 2014年 06月号 [雑誌]
(2014/05/07)
不明

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まだなかなか、「文學界」の硬質さに慣れることができずに、やっと一篇の作品に
手を付けて、「あっ読めそうかも」と馴染みはじめていた、そんな7月半ばでした。
大事件が起きた!
今まさに読んでいるところの、その作品が、芥川賞を受賞したという報せが
電子書籍アプリのメールマガジン経由で入ってきました。
6月に雑誌に掲載されたばかりの作品が! まだ単行本にもなっていないのに!
驚きばかりです。こんなことってあるんだ?
「春の庭」を半分超くらい読んだ7月30日、「すばる」を買いに書店に行ったら
まさかのまさか、もう単行本が出版されて、特設コーナーまであるじゃないか。

春の庭春の庭
(2014/07/28)
柴崎 友香

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この仕事の速さにもびっくりでした。素晴らしい、という意味合いですけど。
ただ何だか悔しくて。「文學界 六月号」でしか読めないんだぞ、と
ちょっと自慢げだったのが、自慢できなくなっちゃったようで。
それで、その日と次の日で一気に全部読み終えました、「文學界 六月号」で。
意地で読み進めたとはいえ、これがあっという間。
あまりにも面白かったので感想を書いてみることにします。
どうぞ。



・大概の出来事は家か近所で起こる
文章自体はサラッとしていて、読みにくいことはない。
しかし、最初に読んだ印象は「なんかネチネチしてる」だった。
その理由は、特定のものにこだわった描写、そして展開だ。
主人公・太郎が暮らす築30年強の、もうすぐ取り壊す予定のアパート、
その隣の家、その隣の家、その隣、アパートの向かいの大家さんの家・・・
特に、太郎の暮らすアパートと、近隣の「水色の家」。
物語の大半は、この、ごく狭い範囲で、延々と展開される。
家の様子も、細かく細かく描写される。
どこまでこだわるんだ、という具合に。
太郎は、同じアパートに住む風変わりな女性・西と出会い、物語が展開していくが
この西という女性が、「水色の家」にえらく執着しており、
毎日朝夕「巡回」をするというストーカーばりの行為を行うほどである。
舐めまわすようにねちっこい展開や描写は、西の眼差しによく似ている。

・不気味極まりない女性・西
太郎は比較的淡泊で物事にやや無頓着な普通の男性だが、それと対照的に、
西は、悪い意味で強烈なインパクトを与える。
見た目は無頓着というかエキセントリックで、性格はさきに書いたように粘着質。
言動もそこはかとなく不気味で、どこか狂気じみている。
この強烈な女性に、太郎はなぜか巻き込まれ、気づけば感化されていく。
ふたりは近づくが、恋愛関係や、それに似た感情を抱いたりは決してしない。
でも徐々に親しくなり、同じ価値観を共有するようになる。
そして最後には、彼女の狂気を太郎が引き継ぐようなかたちで、幕を閉じる――。

・一気に読ませる「転」からの展開、静から動への情熱の暴発
起承転結でいえば「転」の部分から、一気に急展開となる。
これがスピード感があって、一気に読んでしまうのだ。
おいおい、そんなこと企んじゃっていいの?
おいおい、本当にやるの、お、おいおい、予定より酷いことになったよ、
えっ、それでもやるの?
語り口は変わらずサラッとしているが、出来事や、太郎の動揺、西の熱気(狂気)に
読み手のこちらが興奮してしまい、あっという間だ。
淡々とした語り口の、静かな作品だが、西を触媒に、太郎のなかに秘められていた
熱いものが目覚め、それまでのような冷静さを保てなくなる。
そして太郎も西のように、常識でなく情念で行動する、静かな狂人となる・・・

・あちこちにトラップがあって、驚きっぱなし
「結」部分にも意外性のある仕掛けが待っている。
この物語は、冒頭からほぼずっと一貫して三人称で語られているのだが、
ある部分で唐突に「わたし」による一人称の語りに切り替わるのだ。
「え? 誰?」と、読み手は戸惑う。
答えはすぐにわかるが、「なるほど!」と唸らされる。
「承」にあたる部分で、太郎と西が居酒屋で語り合う場面が複数回出てくるが、
そのたびしばしば、太郎の視点で描かれていた物語が、西の物語に切り替わる。
ここで読み手は「ん?!」となる。
読み始めは「地味な作品」という印象の「春の庭」は、
読み終える頃には「異様な作品」という風に、圧倒されてしまう。
物語でも、文章でも、巧みだ。芥川賞を取るべくして取った作品なんだなと思う。

・地方の住宅地で生まれ育ち、都会でわざわざボロアパートに住んでいるふたり
太郎と西には、共通する原体験がある。
それは、地方の、同じような建物がズラッと並んだマンションの、
比較的高めの階で生まれ育ったということ。
クラスメイトも40人超えしていたこと。
これは多分に、世代的なものがあるだろう。
その反動か、ふたりは東京に出て、築30年超えの、2階が最上階の、
もうすぐ取り壊されるアパートをわざわざ選んで越してきた。
この落差が何ともシュールだし、皮肉を感じたりもした。
越してきた理由はそれぞれだが、ともかくふたりともそれなりにうまくやっている。
しかし、住人は次々と出ていき、西も、やがては太郎も、出ていかなくてはならない。
次項にも繋がるが、一抹の無常感が漂う。
だからこそ太郎の心の隙間に、西の「水色の家」への執念が入り込んだのだろう。

・シュールでオルタナティブな世界観
本作の舞台は、東京のなかでもにぎやかな地域(どこかは明記されていないが)。
ボロアパートもあれば、大邸宅のような豪華な家もある。住人の世代もばらばら。
そこで取り壊されるボロアパートに住む太郎たち。
ある日太郎は観察する、東京ではたくさんの建物が建って、たくさんの建物が取り壊され、
たくさんの空き家がある様子を。
現実にも、例えば渋谷駅周辺は4年がかりで壊して建てて、大掛かりな再開発をするという
ニュースをついこの間TVでやっていたっけ。
そんな現代の都市事情にも目を配りながら、本作がこだわりぬいたのは、
「昭和の頃に建てられた、謎めいた家」や「ボロアパート」である。
だからといって懐古趣味や昭和ロマン礼賛にもならなくて、
あくまで「来る者拒まず去る者追わず」の姿勢だ。それは太郎の生き方によく似ている。
でも、こんな生き方もある、こんな暮らし方もできる、と提示しているのは間違いない。
どこかいびつでヘンテコリンで、世間の常識に囚われない、逆らうような、太郎たちの姿に
読み手は考えさせられる、もしかしたら魅せられる。


文学を読むよろこび、映像でもなく漫画でもなく「文章」が与えてくれるおもしろさ。
そういうものを単純に思い出させてくれる作品でした。
小説ってこんなに楽しいものだったっけ。
読んでいくほどに、目が開けるような感覚。

文学にはこんなことができると、さりげなくも力強く、見せつけられたような気がします。
これだから文学を読むのはやめられないんですよね。


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ドキッ!初めてのビブリオバトル観戦記~某都市、ある初夏の週末に~

ちょっと前の話で申し訳ないのですが、ユニークな体験をしてきたのでレポします。
皆さんのお住まいの地域では開催しているでしょうか、「ビブリオバトル」?

ビブリオバトルとは、書評(本の感想、評論)のNo.1を決める闘い!
ってそのまんまですが、要は、発表者がオススメ本に関するプレゼンをして、
観戦者からの質問の応酬なんかもありつつ、最後に観戦者から「一番読みたい本」を
投票してもらう、というもの。京大で生まれ、学生の間でまず流行し、それが今では
幅広い層、幅広い地域に拡がっている最中の、現在進行形で発展しているバトルです。
「誰のプレゼンが良かった」というバトルではないですが、いいプレゼンをすれば
それだけ、本のイメージは良くなるし、プレゼン内容が悪いと観戦者の興味も引けません。
本のセレクト、上手なプレゼン。このふたつが勝敗を決める二本の柱となり、
質問への明解な受け答えや、発表者の好感度の高い人柄(キャラ)なども重要な感じ。
司会を務めた事務局の職員さん曰く、他にも沢山のバトルのスタイルがあるのだそうです。
今後、様々な試行錯誤を繰り広げてゆきたいとのこと。


プレゼンは5分間で、驚いたのが、レジュメなどの資料(観戦者に配る用だけでなく、自分で
見るものも!)を一切使えないこと。全部自分の言葉(と、練習で暗記した文言)で
真っ向勝負しなくてはならないんです。
5分間という短い時間ゆえか、緊張ゆえか、それとも両方からか、発表者はどうしても
心なしか早口で詰め込むようなプレゼンが多いと感じてしまいました。
あと、急に事務局側から参加を頼まれた等で、準備不足から、行き当たりばったりになり
言いたいことを言い切れないまま時間切れ・・・というプレゼンも見受けられました。
「連日、お風呂で練習しては、隣の人に壁を叩かれ・・・」と周到に準備してきた人でさえも
声はふるえ、ガチガチになり、一生懸命さがかえって痛々しかったり・・・
難しいですね。私なんか絶対無理だと思いました(笑)


「どれだけ、この本が面白いか?どうしてこの本を多くの人に読んで欲しいのか?
なぜ、この本は面白いのか、この本じゃなきゃいけないか?」

重視されているのはこういう辺りで、熱意重視という印象でした。理論重視で話していた
何度か出場されている方は、事務局の職員さんに「理屈はわかったけど、どうして・・・」と
突っ込まれていました。(事務局の職員さんも観衆の様子を見計らって、質問をします)
「ほかの本とどう違うのか、なぜ勧めたいのか」といった理屈の面は、どちらかというと
観戦者のほうが質問していることが多かったです。
こちらも、結構来慣れている方がぼちぼち居る様子で、質問が鋭く、人によってはちょっと
キツい印象を受けましたね。大学講師タイプというか。
因みに、発表者への誹謗中傷、人格否定といった攻撃的な質問は禁止されているので
「おまえのプレゼンつまんね!クズ!」というような罵倒をされる心配はいりません。
あくまでも、発表者と観戦者との相互理解、交流、本との出会いを目的としているイベント。
某匿名大型掲示板や、大学の手厳しいゼミのような、つぶし合いや自己顕示はお門違いです。
それが保証され、平和な議論の場として質問と回答の応酬が成り立っていて、ほっとしました。


初めての観戦ということもあり、その場に居合わせるだけでやたらと緊張してしまい、
前半3名まではずっと緊張しっぱなしでした。
後半になって段々勝手が分かってきたり、場に馴染んだりしてきて、余裕が出たのか、
勇気を出して質問にチャレンジ!!
相手は現役女子高生の子で、なんかしょうもないことを聞いちゃったのか、観衆の中にクスクス
笑う人がいて、ちょっと嫌な気分になったのですが、当の女子高生ちゃんは実に溌剌としていて、
プレゼンも本当に堂々たるもので、その場の皆が彼女の迫真のプレゼンに圧倒されていました。
でもこんなに真面目(オススメ本も教育関係と、堅い印象がありました)なのに、素はふつーの
女子高生(笑)。見事、優勝したのですが、友達の参加者の子と一緒にぴょんぴょん飛び跳ねて
キャーキャー言っている。・・・ねこっかぶり??今時の優等生って器用なんだなあ、と、ちょっと
怖くなってしまった瞬間でした。なんつって。


6人の参加者がいたので、紹介された本は6冊。
哲学書を漫画で読破しようという本、伝説の将棋師の伝記、いじめ問題をとりあげた新書、
日本のとある文豪が世界の探偵になりきってしまう推理小説、ほっこり系小説、
発展途上国で現在でも実際に行われている悲惨な慣習についてのノンフィクション。
自分から手に取る本、私の場合は物凄く偏っているので(好きな作家、知ってる作家しか
買わないところがある)、知らない本を知る、知らないジャンルを知る、知らない
「ひとそれぞれの興味のツボ」を知るという、大変興味深い体験ができました。


本を通して人をみる 人をとおして本をみる
これが、パンフレットに載っている、ビブリオバトルのキャッチコピー。
大会が終わり、私は知り合いもなしに独りで来たこともあって足早に席を立ったのですが
会場は発表者同士や観戦者同士、発表者の知り合いと思われる観戦者などのおしゃべりの場に。
和気あいあいとした交流の場と化していました。
(正直、そこに「内輪ノリ感」を感じて、居づらくなって出てきたのですが)
私は日頃、このblogで、「音楽etcを通して」顔を知らない多くの人達との交流をありがたくも
果たしているのですが、当然ながら「本」を通しても人と人は繋がっていくのですね。
本と人との、人と人との緩やかな出会い。どれだけ本や音楽やコミュニケーションがデジタル化
されても、アナログの、生身の「人と人との繋がり」は引き続き大切にされ続けてゆくのだろうと
しみじみ考えながら、会場を後にしました。
近隣の地域で開催されていたら、皆さんもいかがでしょうか、ビブリオバトル。


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サガンという生き方「ハイリスク・ハイリターンな破滅型人生・・・生きたいように生きるということ」

ご無沙汰してます。
いやーもう、バテにバテて、腰痛まで出てきて、ここしばらく酷いことに・・・・・・

前から溜めていたネタが、ねかせすぎて1ヶ月近くになって、ヤキモキしてきたので
ひさかたぶりに感想~レビューを書くことにします。
しかも、とても久しぶりに、題材は本です。

ある日のこと。レンタルショップをうろうろしていた時、古本コーナーにさしかかり、
そこで磁石のように、私はこの本に惹きつけられて、一瞬の迷いもなくレジに運びました。
本が安価だったからというのもありますが、買い物をするのにここまで迷わないのは
私にしてはあまりに稀なこと。運命を感じずにはいられませんでした。

そして家に帰って読みはじめ・・・1日で、あっという間に読破してしまいました。
文庫本で、伝記物で、文章も平易、文字もそんなに小さく込み入ったものでもないので
読みやすいというのもありましたが、何よりも内容に圧倒的に引き込まれたのです。

サガンという生き方 (新人物文庫)サガンという生き方 (新人物文庫)
(2012/09/07)
山口 路子

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カヴァーが細かいラメ風にキラキラしていてイカしてます。
カヴァーや本文の、フォントやデザインなど、やや女性向けなのかな?と感じるふしも
ありましたが、内容が面白いので男性でも十二分楽しめるのではないかと思います。
以下、サボりすぎてて勘とか鈍ってますが、読んで感じたことを徒然と綴ります。


筆者のサガンへの、海より深い熱狂的な愛情
この本を記したのは山口路子さんという作家で、本書と同じシリーズで
「ココ・シャネルという生き方」という本も書いている。
サガンは本当に沢山の人から愛を受けたが、山口さんのサガンへの愛情も凄い。

なぜ、サガンを読んだあとは、抱擁されたような気分になるのだろう。
このなんともいえない心地よさ、あたたかさはいったい何だろう。
サガンを読み始めた二十五年前からずっと、思っていた。

私はサガンが好きだ。
彼女のまなざしが、そして彼女の言葉がとても好きだ。

「依頼を受けたのでとりあえず」「興味本位で」では出てこない、熱い思い入れ。
近年、サガンの映画が公開されたが、それを観た時、映画の内容それ自体よりも
「サガンが好きなので、もう、それだけで胸がいっぱいなのです」と涙が止まらなく
なってしまったほど。
でも、深く愛しているからといって、甘やかしたり過剰な擁護をしたりはしない。
彼女の美しい面も醜い面も対等に見つめて、描き、その奥の本質、「孤独」と「知性」に
粛々と踏み込む。サガン自身が遺した名言や名文をたっぷりと盛り込みながら。
サガンはいわゆる破滅型の作家で、早熟な天才である一方、どうしようもないくらいに
ワイルドに生きて、後半生では崩壊していったが、不思議と周りには人が絶えなかった。
必ずいつも誰かが、諦めずに彼女のことを愛して、忍耐強く見守り、手助けしていた。
山口さんのサガンに対する態度は、正に生前サガンの周りにいた、彼女を愛した友人達の
態度そのものなのだろう。

堅実に生きるか?破滅を受け入れてでも、奔放に生きるか?
本書を読むと何度も「どんなふうに生きるの?」「なぜ生きるの?」と問われているように
感じる。あまりにも極端な、サガンの刹那主義的な生き方、やがて来る経済と心身の崩壊。
貯蓄なんてしない。大事故に遭っても車で猛スピードを出すのを止められない。
ギャンブルに明け暮れる。二度の結婚と離婚と一人息子、数え切れない程のLove Affair。
浴びるほど酒を呑み、精神を病み、モルヒネやコカインなどの薬物に依存してゆく。
30代で皺だらけ、50代で骨粗鬆症になり、60代になると殆ど歩行がままならなくなる。
サガンの奔放でスタイリッシュなライフスタイルは、当時の若者達のアイコンとなったが、
次第にツケがまわってきて、最後には見る影もないほどの惨状になってしまう。
デビュー作「悲しみよ こんにちは」で一世を風靡したのは僅か18歳のこと、
そして満身創痍になって、失うものはもう何もない状態で、69歳でこの世を去った。
倹約して、恋は確実なのをひとつまみ、お酒は控えめに、ギャンブルや猛スピードなんて
もってのほか、健康的に朝起きて夜眠って一日三食食事を摂って・・・といった、
模範的といわれるようなライフスタイルとは真逆。細く長く生きるのが一番なんて言語道断。

本を読んでいるとその人生はスキャンダラスでスリリングで哀愁たっぷりなのだが、
周囲の人間はどんな思いをしたのか?とりわけ、心身のバランスを崩した後半生には?
多くの人間に甘え、頼り、振り回し、我が儘を言い、同じ過ちを何度も繰り返して・・・。
「真面目に暮らしているのに何の報いもない」と感じている私は、随所で怒りを覚えた。
サガンの姉も言う「一生子どものままだったのね」。両親に甘やかされて育った末娘に
一抹の嫉妬心を隠せない「上の子」の気持ち、私は恐らくこの立場でサガンを見ている。
でも、サガンは愛された。お金を持っている(た)だけではない、自分に率直だったから。
自分の感性や、冷静な観察眼を通して確信した、自分の生き方を貫き通したから。
我が儘と呼ばれてもいい。破滅してもいい。自分に嘘をつくぐらいなら。
「ほしいものはほしい」、躊躇わずに言葉や態度に出すのは案外難しいもの。

デビュー前のサガンは作品に自信のないまま「悲しみよ こんにちは」を出版社に送った。
その頃の彼女はとても謙虚な少女だった。奔放で熱狂的な読書家なのは変わらないが。
もし、「悲しみよ~」が大ブレイクではなく、小ヒット程度で、地味にコツコツと歩んでいく
作家人生だったなら、彼女は謙虚なままだったのだろうか?と想像したりした。
でも、サガンはきっと、どんな境遇でも小説は書き続けただろうけれど、堅実で地味な
生き方はやはりしていないのだろうなと、想像は結局元のところに戻ってきてしまう。
裕福な家庭で甘やかされて育って、社会に出て他人に使われることも経験せず、
18歳の若さで世界的な名声と莫大な印税を手にし、時代のアイコンとなる。
平凡な人間では発狂してしまいそうな、あるいはかなり早くに堕落し、
小説家人生を駄目にしてしまいそうな、サガンの前半生。
型破りな価値観の持ち主である彼女だからこそ、最後まで生き抜けたのだろう。
いや、彼女だって随分、ボロボロになったけれども。

サガンの破天荒な一生を貫いた信条「文学」
同性とも異性とも浮き名を流し、夜から朝までカジノでギャンブルに明け暮れても、
経済難で住み処を失い、骨粗鬆症等の病気で自由に出歩けなくなってしまっても、
親や友達や元旦那といった、大切な人達を一度に失って、壊れそうになっても、
どんなときでもサガンは小説や戯曲を書いた。
10代の頃、ランボーやプルースト、サルトル等の洗礼を受けて、文学を発見し、
文学に一生涯を捧げると決意したサガン。
波瀾万丈の生涯を送ったが、そのなかで書くことを途絶えさせることは極力せず、
コンスタントに作品を発表し続けた。
いつからかサガンは、書かないと生きていけなくなっていた。書くことこそが、彼女が
生きている証になっていた。
書くこととは生きること。だからサガンを愛した人間達は、彼女が書くため=生きるために
どうしても必要なら、違法の薬も彼女が望むままに、やむなく与えた。
薬は彼女の身体を蝕んだが、薬を飲まず何も書けないのは、死んでいるのと同じだったろう。
華麗な前半生と悲惨な後半生のギャップがあまりに強く残り「破滅的な人間」という印象が
どうしても焼き付くが、サガンの見落としてはならない一面として、本書では
「少女期から最晩年まで、徹頭徹尾、文学に殉じた一生」というのも強調されている。
この伝記が、単なるスキャンダラスな破滅劇だけに留まらない理由が、ここにある。

サガン作品のガイドブックとしても最適
章の終わりごとに、サガンの著書がとりあげられて、読みどころが紹介される。
サガンのキャリアは長いから、「悲しみよ こんにちは」の他に何を読んだらよいか
わからないという人も多いのではないか。実際に私もそんな一人であった。
作品毎の印象的な台詞や場面が引用される。サガンの人生や当時の思想と作品とが
絶妙にリンクしていることも感じ取れて、興味の沸く時期や作品が見つかりやすいのでは。


写真も沢山入っているし、当時の風俗についても触れられていて、
まるで映画を観ているように、サガンの人生を追体験することができる。
なかなかできない、「破天荒だけど一本筋の通った生き方」。
堅実に人生を歩み、足場を固めてゆくことに、疲れたり、疑問をもったなら、
「こんな生き方もある」という具合に、手に取ってみてはいかがだろうか。
そこいらのよく出来た人生論の本より、生々しくて、心に激しく問いかける。
「あなたは、どう生きたいの?」と



読むのは比較的易しいけれど、受け止めるのはなかなか勇気が要る一冊です。
才気に溢れ、ファッショナブルでクールな少女が、どんどん目も当てられないような
ボロボロのおばあちゃんになってしまうのはかなりの衝撃でした。
けれどそういう人生を送った人間が、足跡を遺した人間がいたという真実。
深く考えさせられ、長く余韻の残るノンフィクションです。
「私のセカンド・サガンはどれにしようかな?」まだ決めかねていますが
多分あれかあれになりそうです。ブックガイドとして、暫く側に置いておく予定。
彼女の哲学を感じ取る旅は、まだまだ始まったばかりです。


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羽生善治:直感力「天才棋士がおくる大人賛歌、等身大の生き方、豊富な経験がもたらしてくれるもの」

「天才棋士」と騒がれブームになり、昨年は生涯獲得タイトル数歴代1位の偉業を達成。
長きにわたり絶大な強さと人気を誇る将棋棋士、羽生善治さん。
頭のよい人というものはひとつのことのみならず才能を発揮するようで、これまでにも
「決断力」「大局観」「簡単に、単純に考える」といった数多くの書籍を執筆してきました。
そして、またもやベストセラーの本、「直感力」を発表。

直感力 (PHP新書)直感力 (PHP新書)
(2012/10/16)
羽生 善治

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リンクさせていただいている、ヒメキリンさんのblog、One to Goに初めてお伺いしたとき
「決断力」が最初に目に入って、レビューを拝読し、「これ絶対面白い!買おう!」と心を大きく
動かされ、結果本当に買ってしまったという本。今改めて記事を見て、違う本を買っていたことに
気付いたわけですが(苦笑)
また前回の「聞く力」同様、日々の音楽レビューの合間に読んでいたため、読了が大幅に
遅れてしまった本その2です。(「聞く力」と同時に購入していた)
奇跡的な出会いをくださったヒメキリンさんに大いに感謝しつつ、感想、いってみましょう。


将棋と人生とはよく似ている
基本的にこの本の大半は、自身の将棋論や、将棋にまつわるエトセトラで構成されている。
しかし、そうやって将棋の話ばかりしているはずなのに、なぜか人生観、そして直感力を
気がつけば語っているのだ。なぜ?
その答えは、将棋というゲームが、人間の人生に非常によく似ているからだといえる。
全体(大局)を見渡しながら。先の手を読みながら。戦型や定跡をよく研究して。
しかし結局は人間同士のバトル、何が起こるかわからない、臨機応変に対応して。
考えすぎてもだめ、考えなさすぎてもだめ。余裕がないのはだめ、余裕だけでもだめ。
今まで自分が築いてきたものの集積であり、年齢を重ね、経験を積むことによって進化する。
たかがゲーム、されどゲーム。盤上で繰り広げられているのは、人生ゲームかもしれない。

羽生さんはカウンセラー?~達観力も当代随一
「無理をしない」「囚われない」「力を借りる」「自然体の強さ」・・・気負わない、そして
とんでもなく達観しているように感じられる。1970年生まれだから今は40代前半か。
そんなものかもしれないが、もっと上、50代60代の先生方の本を読んでいるような気分だ。
20年あまり第一線で活躍してきた実績が築いた自信によるものか、「直感力」の為す術か。
カウンセラーの書いた心理系の本を読んでいると錯覚したのは一度や二度ではなかった。

「天才棋士」をちょっぴり近くに感じて
天才と謳われる人の常で、羽生さんは初めから天才で、何でもできるかのように思える。
でももちろんそんなことはない。
小学生で将棋会館に通い始めた頃は、負けっぱなしだった。それでも通い続けて強くなった。
勝ちを譲るレベルのうっかりミスをして、対戦相手にも驚かれてしまうことが今でもある。
実は人前で話をするのがとっても苦手(なのに講演の仕事をあえて受ける。来るもの拒まず)。
寝坊して、生放送のTV番組の収録に遅刻してしまったことだってあった。
「超天才の羽生さんだからそんなことが言えるんだよ、やっぱり超天才は違うね」と
達観して無駄のない論がひとごとに感じられそうになっても、もう少し読み進めてほしい。
勿論天才ではあるのだが、どちらかというと、努力家の中堅サラリーマンのようでもあるから。

博識さに驚かされる~読書のススメ、多様な価値観を培うススメ
「えっ、羽生さん、そんな例え話どこで聞いたの?」「どうしてそんな分野に詳しいの?」
そういう瞬間が無数にある。
コンビニのレジのPOSシステムについて。TVの視聴率調査の対象について。
野球を題材にした、ブラピ主演の映画について。ときに心理学的現象までも。
羽生さんは小学6年でプロ棋士養成機関「奨励会」に入会して以来、今までずっと
将棋の世界でしか仕事をしたことがないはずだ(講演などを除く)。
その博識さはどこから来たの?答えは本の中にある。幅広い経験、また読書のススメだ。
素人意見っぽい部分もあるが、いろんなことをやってみて、本も沢山読んでいるから、
発想や言葉選び、たとえ話の選択肢がとんでもなく多くなるというわけ。

やや大人向け~「大人賛歌」のエッセンス
この本は、最低でも30は過ぎないとその醍醐味が伝わらないのではないかと思ったりする。
なぜなら、少しばかり「大人賛歌」が入っているように感じられるからだ。
若輩者だった頃、言いかえれば頭でっかちだった頃、羽生さんでも青臭さから沢山失敗した。
諦めが悪かったり、目新しい手を指そうと勝負よりそちらに躍起になったり。
今、40代になり、経験を積み重ね、豊富な経験というデータベースが出来上がっている。
その経験ひとつひとつにしても、吟味しながら、反省しながら、学習しながらやってきた。
ものごとを行ったり決めたりするうえで、自分のスタイルが固まってきた。
直感は「迷いも悩みも起こり得ない瞬間」であり、それはまた
「自分自身が今まで築いてきたもののの中から生まれてくるもの」だという。

だから、経験の積み重ねが功を奏する。
羽生さんと同年代かアラウンド同年代、またはそれ以上には、カタルシスがあることだろう。
逆に10代20代だと、心構えをインプットしておいても結果が出るにはあと10年以上かかる・・・?

フラットになる秘訣~ナチュラルな生き方
直感が湧いてくるタイミングは、自分を積み重ね、心身が柔軟に保たれ、雑念の少ない状態が
読んでいてイメージされる。少々瞑想や心理学のようなイメージだ。
つまり、心身とりわけ心をフラットにする秘訣が得られる。
頑張って頑張って・・・とは少し違い、心を落ち着かせ、出来ないことは出来ないと開き直り、
余計な悩み事をやめて頭に余白をつくる。羽生さんは、何も考えずに散歩したりするそうだ。
いきまない、力を抜いて。そして自分の中から強く立ち上がってくるものを掴まえる。
無駄がないぶん無機質にも聞こえるが、人間らしく、40代らしい、ある程度アナログな論。
これって、ナチュラルな生き方や歳の重ね方の指南でもあるんじゃないだろうか。

書き手としての羽生さん~将棋が思考にもたらす影響
理性的で、落ち着いていて、無駄がなくて、それでいて要点はガッツリ逃がさず、端的に語る。
静謐な言葉とリズム。
本書は、文章にふれているだけでも「快適」だと感じられた。
この静謐さと美しさ、無駄のなさは、私の大好きな作家のひとり、大崎善生さんに通じる。
そんな大崎さんは、日本将棋連盟の機関誌の元編集長で、将棋に興じていた時代もあった。
(羽生さんとも面識があり、最近発売された羽生さんの特集本にも大崎さんが寄稿している)
将棋。少しやってみたことがあるが、常に選択や決断の連続で、本当にエネルギーを使う。
頭の中を静寂にもっていって、とにかく沢山考えて、考えて、そして決断して、対戦相手からの
リアクションに応えるためにまた同じことを繰り返す。
続けていると、選択や決断の経験値が圧倒的に増えて、思考力が高まること請け合いだと思った。
無駄が削ぎ落とされながら、滋味はしっかり残り、語りすぎずに考えさせる。
将棋は、思考力や文章を紡ぐ力をも培う効果があるのかもしれない。


30代に入ってもまだまだ荒ぶる魂で生きる私には、本書の境地は遠い彼方か、違う流儀かも
しれないけれど、いかんせん私は冷静で客観的な思考力が足りないので、それを補うためには
この人のような視点が必要かも。
自分と性格が真逆の人の話を、それも普段絶対接点を持つなんてできない立場の人の話を
簡単に聞けてしまうのは読書のいいところ。
作家は文章のリズムに馴染めるか否かでお気に入りを決める私、羽生さんのリズムにすっかり
ハマってしまったので、他に出版されている数え切れないほどの著書も読んでみたいです。
果てない情熱と、しなやかでしたたかな冷静さ・客観性の合わさったところに出会えたら、
人間として、ネットの端っこの物書きとして、一段高い境地に達することができそうです。
情熱だけでは駄目だと気付くも、自分の原動力は情熱だとも痛感する今日この頃だから・・・。


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阿川佐和子:聞く力「『聞く』を通じた人間賛歌、普段インタビューをしない私達が学べること」

先日観た、土曜朝に阿川佐和子さんとゲストがトークする番組「サワコの朝」にて、
吉川晃司さんのあの立派な肩は「肩パッド」ではなく、水球で鍛えた自前の肩だと
いうことが判明しました。朝ドラ、知っててわざと間違えてそう(笑)
質問をされて「うん、そうだよ」等も挟まず、質問の途中から遮って答える吉川さんに
サワコさん内心イラッとしているだろうな、いやこのくらい序の口か、などと
いち視聴者として若干イライラ(ヒヤヒヤ)しながら観ていました。

今書いた「サワコの朝」に、ビートたけしさんの番組「たけしのTVタックル」のアシスタント、
文藝春秋で長期連載となっているというインタビューにエッセイに小説(「聞く力」が社会現象に
なるまで、私はサワコさんをエッセイストか小説家だと思っていました)、その他、その他・・・と
引く手あまたのサワコさん。今年で還暦なのに、かわいらしくていつも活き活きしています。
そんななかなんとなく心ひかれて、珍しく流行りの本を読んでみた、それが「聞く力」でした。

聞く力 心をひらく35のヒント (文春新書)聞く力 心をひらく35のヒント (文春新書)
(2012/09/20)
阿川 佐和子

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山のようなCDレビューの合間に読んだのでかなり時間がかかってしまいましたが、やっと読了。
この頃は「70万人が泣いた!笑った!そして納得!」と帯に書いてありますが、現在じゃもっと
部数は伸びていることでしょう。最近じゃ書き下ろしの新しい小説が書店に並んでいたし、
いやはやすごいすごい。
関連番組なども観たので、そこで得た情報や感想も織り交ぜながら、感想を述べていきます。


・新書の体裁をとったエッセイ本?
新書の中身というものは大抵、もっと論説ベース。文章の全ては「推したい事物」の為にある。
しかし「聞く力」は違う。聞くコツや醍醐味と同じくらい、サワコさん自身も文章の主人公。
「インタビューをする」がテーマのエッセイ本といっても本当は差し支えない内容だと思う。
ノウハウ本や、論説本を期待していると、もれなく肩すかしを食らうはずだ。
時々サワコさんの一人喋りが長引き、そこらのオバちゃんの茶飲み話と化している部分もあり
イライラする向きもあるかもしれない。全ては喋るような調子での、サワコさんの体験談だ。
お喋りを聞くように読めるからすらすら読めて人気が出ているのかもしれない。
仕事に差をつける目的で書かれたノウハウ本は理論で読み手を説得し、新卒学生が社会人として
ホウレンソウを身につける目的で書かれたマニュアル本は教科書のように「暗記」させる。
では「エッセイ本」は?自身の実体験で、うまくいった事例・失敗した事例が本人の実感と共に
示されるから、その要点が「なぜ」必要なのか、重要なのか、浸透しやすくなっているといえる。

・「上手な聞き手」の定義が変わった
かつては、インタビューが苦手で、褒められたことなど一度もなかったサワコさん。
インタビューの連載を始めるとき、前任のデーブ・スペクターさんみたいに、「相手が答えに
窮するほどの鋭い質問をビシバシ投げかけて、あくまでも冷静に、みごとな切り返しができる
ような人」をイメージしていたが、そういうタイプは相手に敬遠されることもある。
サワコさんのように、相手の話にいっしょに笑って時には泣いて、話をどんどん引き出す、
同調タイプの聞き手もまた、いま新しく「すぐれた聞き手」として定義された。
デーブさんタイプ、サワコさんタイプ、それぞれのニーズは違うから、どちらが優れている
などではなくて、両方が共存し、ケースバイケースで使い分けるのがよいのだろう。
「サワコの朝」では、ゲストが思い入れのある曲を2曲紹介して、それをチラッと流しながら
その曲に関するエピソードを語るというコーナーがある。これもまた、ゲストからスムーズに
視聴者にも自然に、話を引き出すヒントになっていると思われる。

・サワコさんのキャラクターから生まれた「大事なこと」
サワコさんは、わからなければ素直に(ちょっとおっかなびっくりに)「あの件なんですけど・・・」
と、聞きづらい質問でも思い切って聞いてしまう。知ったかぶりをせず、知らないことは素直に
知らないので教えてほしいと言う。また、心から面白そうに聞いて、上っ面な受け答えはしない。
素直で、誠実で、感受性が豊かで、ユーモアをいつも携えているキャラクターのサワコさん。
それゆえに築き上げられたインタビューのテクは、仕事一般にも共通するテクでもある。
どの分野でもそうだが、自分の長所を伸ばすなかに、物事をうまく進める秘訣が隠れている・・・
そのようなメッセージでもあるような気がする。

・あの人やこの人のこぼれ話をただただ楽しむだけでもおもしろい
聞くことに興味がなくても、この本を楽しむことができる。これまでインタビューしてきた実例が
豊富に収録されており、著名人の「らしい」話や意外な話をたっぷり楽しむことができるからだ。
これは凄い!と恐れ入ったのは、デーモン閣下による「へヴィメタルとハードロックとロックは
どう違う?論」。私も正直曖昧だったのだが、閣下は本当に頭の良い人なのだろう、サワコさんに
訊ねられるなり、音楽学校の講師のように懇切丁寧なレクチャーを披露してくれたという。
「HANA-BI」受賞後のビートたけしさんは実はまだバイク事故の後遺症が残っていて、後遺症や
事故(=死にかけたこと)を受けて考え、感じながらとるようになった行動が、「HANA-BI」に
かなり投影されているというくだりは、よくできたミステリーのようなスリルと読みごたえ。
笑福亭鶴瓶さんの下ネタもさすが鶴瓶師匠って感じだ。どこへ行っても変わらないな(笑)

・普段インタビューをしない我々は何を得られるか
サワコさんの実例には、お友達や、親戚の伯母さんも登場する。当然この人達は「インタビュー」の
対象ではなく、サワコさんの日常に登場して、やりとりを交わした人物である。
なぜこの人達とのやりとりが載っているかというと、ここにも教訓が込められているからである。
「人と喋る」という、どこにでもありそうな行為、それだって立派なコミュニケーションで、
注意深く聞いて、心を込めて話にノって、楽しくくつろいで話してもらおうと心がけることが大切。
そして話すときは、上辺だけの綺麗事でなく、具体的に、本音の話をするようにすることが
聞き手への誠意に繋がるし、聞き手との距離感を近づけ、聞き手に自分を印象づけられるのだと
サワコさんによる「聞き手側の本音」から、また「あとがきにかえて」から読み取れる。

・ひとって、おもしろい!~「聞く」を通じた人間賛歌
この本は、様々なジャンルの、とても沢山のひとの、おもしろい所が一杯詰まった本になっている。
(意識してか無意識かは不明だが、後述するように『ひと』にはサワコさん自身も含まれる)
ひとのおもしろさを引き出し、それを一緒におもしろがり、楽しい時間を過ごす。それをするには
聞き手自身がひとを好きで、ひとのことを心からおもしろいと感じられることが必要だ。
聞き上手になるには、本にも載っている様々なテクもいいが、まず第一に、ひとに興味をもつこと。
優しい人も怖い人も、饒舌な人も口下手な人も色々といるが、皆がそれぞれの「おもしろみ」を
持っていて、そこに貴賤はない。色んな人を知って、人の数だけの「おもしろみ」を知ること。
「ひとって、おもしろいよ」それこそが、サワコさんが様々な活動を通して伝えたいことなのかも。

・サワコさんのやらかし日記
エッセイストの性だろうが、そこかしこに「やらかしちゃったアタシ」の悲哀物語が登場する。
美輪明宏さんに「その格好、何もかも諦めちゃった体育の女教師みたいじゃよ。なんとかしなさい」
と冴えない格好を喝破されてしまった苦い想い出。憧れのミュージカル女優へのインタビューが
叶い、浮かれて「あの曲も歌えます、この曲も歌えます!」と終始歌いっぱなしで、その場の皆が
すっかり呆れてしまったという空回りの切ないエピソード。TVで密着取材されていたサワコさんは
お気遣いの人として紹介されていたけれど、本当はかなりの天然さん??でも、このような愛嬌が
サワコさんを幅広い層の人にとって身近に感じさせ、相手の緊張を解いて、話しやすくさせる。
あっ、相手の心を開くための計算!?


ソロモン流」では、「聞く力」の後のチャレンジが紹介されていました。
ひとつは新しい小説(前述)、そしてもうひとつは、被災地と東京とをつなぐプロジェクト。
「プロジェクトを取り仕切るのは初めての経験、だけど本気のプロジェクトだから成功させたい」
と、厳しい表情で奔走している姿が印象的でした。
インタビューするにも、小説やエッセイを書くにも、プロジェクトを立ち上げて取り仕切るにも、
全ての土台は、ひととのコミュニケーションと、ひとへの愛と観察眼。
「聞く」って、「ひと」って、たまに考えてみると結構深いものですよね。
「聞く」の真髄、「ひと」の真髄に、明るく楽しくそして深く潜って、迫ることができる本です。
ライトなようで、この海は案外深いのです。


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イマドキのタバコのオマケ!?ミニ小説を読んで:狗飼恭子「すべてのものに降りそそぐ」&田口ランディ「ラーレの香り」

もう数週間前の話になってしまうのですが。
以前の記事で、「チョコレートを特集した番組について書いていたら、本当にチョコレートを
作ってしまった」というまさかのオチが登場しましたが、実はあれは実話でして、
バレンタインを前にして、丁度良い量のチョコレートをせっせと作り、完成してしまいました。
こんなことは初めてなので味に自信などありません。でも一人でおやつ代わりにするのも
少なくとも外側はそれなりに出来たから、惜しいような気がする・・・
そこで、6個できたチョコレートの内、付属のボックスに入る4個を当時のそういう相手に、
残る2個の内1個くらいはやはり自分で。さて、もう1個をどうしよう?
「そうだ!」普段何かと世話になっている女の子の友達に、初めて作ったので味は保証できないと
前置きして、ささやかにプレゼントしました。

そして3月14日頃・・・
初心者のチョコレートをもらってくれた彼女が、何やらこそこそと「これ、朝やけさんに!」と。
彼女らしいオンナノコモードの包みを開けると、掌に乗るような超ミニサイズの2冊の本が!
「ありがとう・・・何これ?どこで売ってたの??」興味津々でそう聞いても、彼女は口ごもったり
「えーと実は、、友達に貰ったんですっ!すみません!」何か煮え切らない様子。
ちょっと引っかかりつつも、こちらがあげたプレゼントこそ本当に些末なものだったので
まぁいっかと、貰った2冊の本を開けて読み始めたのでした。
小さな本なので、普通の小説の一章分を読むくらいの時間で読み終えてしまいました。

「どこの企画なんだろ?」巻末を見ても出版社の記載が2冊ともありません。「どういうことだ?」
ヴィレッジ・ヴァンガード辺りで、企画ものとして2冊3冊まとめて売っているとか?
Wikipediaの二人の作家の経歴を見ても作品の記載はなく、ひとつくらいはあってもよさそうな
Amazonのレビューもなく。それで、キーワードを変えてもっと調べてみたら・・・
何と、「ピアニッシモ」という銘柄のタバコのオマケのようなのです。
(商品について書いてあるのは個人のblogやTwitter等や、オークションの商品としての掲載しか
無いので、それらを載せたり引用したりすることは控えさせていただきます)
2冊の裏表紙にはこう書いてあって、これがこのオマケのコンセプトになっている模様。

2012年、夏。
読めばきっと、恋がしたくなる。
くつろぎのひとときを彩る
短編恋愛小説。

「・・・何かイージーだなぁ」貰ったものに失礼ながら、そういう感想を止められませんでした。
ピアニッシモというのは女性向けのタバコ。というわけで「女子といえば恋だろ」って発想の
企画なんでしょうね。「一体小説を何だと思っているんだろう?」大変偉そうですが、何かの
「オマケ」にされている事実に溜息が出そうになりました。それに、書く方も書く方だ、なんて。
決して悪い小説ではないのですが・・・


まず狗飼恭子さんの作品「すべてのものに降りそそぐ」。
Amazonでの取り扱いがあるはずもなく、画像は作品名で検索して見つけたもの。
すべてのものに降りそそぐ
原寸大よりほんのちょっと小さいくらい。

<あらすじ>夏子は5年同棲していた恋人から「どうも君とは死ぬ間際に一緒にいられる
気がしないんだ」と言われてしまい、彼と暮らしていた家を出て一人暮らしをすることに。
女友達からは「孤独な偏屈ばばあになって孤独死することになるよ」と大反対されながらも
引っ越しを決行。新居への荷物の搬入を手伝ってもらうために、三代前の彼氏の弟で
かなり風変わりな男の子、水戸くんに何となく連絡をとる。数年ぶりに再会した水戸くんの
偏屈だが本質を突いた、どこかあたたかい言葉の数々に、次第に失恋の痛みがほぐれ・・・

<感想など>
狗飼恭子さんの小説は読んだことがないが、彼女が脚本を手がけた映画なら観たことがある。

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(2007/04/25)
池脇千鶴、中越典子 他

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好きだった漫画家、魚喃キリコさんの漫画「strawberry shortcakes」の映画化なのだが
4人いる主人公のうち、一人を棺桶で寝起きさせるわ、摂食障害の主人公の場面をリアルなゲーで
何度も撮影するわ、いらんリアルとエキセントリックをつけられて不快極まりない作品に変身、
この恨みと違和感が未だに残っている。最近では江國香織さんの「スイートリトルライズ」が
映画化された際も脚本を手がけているという。一体どうなっているのやら・・・
そういうわけで、その場で捨てようとさえ思ったが、なにせ貰ったものだからと読んでみた。

ヘンテコリンな人物の巣窟。とりわけ元彼と水戸くんのヘンテコリン振りが際立っている。
女友達の言うこともなんだか変。本当に友達?夏子の不幸を願っているようにしか聞こえないし
主張が時代錯誤。まぁ、だから夏子は彼女達に引っ越しを手伝ってもらわないのだろう。
夏子は「三代前の彼氏の弟」なんてさらりとモノローグで言ってのける辺り、少し腰が軽い
水戸くんが言うところの「頭でっかち」、本人が言うところの「考えが足りない」30代女性。
夏子のややジメッとしたモノローグが彼女のどこまでも堂々巡りする思索と抑えている淋しさを
ねちっこく、鮮やかにあぶり出す。そして、水戸くんについても夏子の視点から細かく観察され
言動や佇まいなどを仔細に追いかけることで、彼のエキセントリックさがはっきり浮き上がる。
水戸くんというあまりにも強烈なキャラクターの存在、夏子の揺れる心情の巧みな描写が
突出している。人物、背景・・・観察眼が光り、情景が目の前に繰り広げられるよう。

たまに、こだわりすぎの心情比喩フレーズなどが出てくるが、見なかったことにしよう(苦笑)。
夏に恋をしたくなってもらいたくなるための小説なので、ラストでの水戸くんと夏子の決断が
あまりに性急すぎるのは仕方ないのだろうか。再会したその日にプロポーズもどきときている。
しかも夏子は何となくそれに応えてしまう。いいのだろうか、まあいいんじゃないの?
・・・読まずに捨てそうになって、ごめんなさい。小説家としてはそんなに嫌いじゃないと思った。


次に田口ランディさんの「ラーレの香り」。
ラーレの香り
<あらすじ>
チエは、会社の先輩の松岡さんに3年間片想いをしていたが、彼の結婚の噂を聞いてしまう。
ダメモトで告白すると「妹のように思っていた」「少し時間を置きましょう」と言われ、
傷ついたチエは、ストレスから味覚や嗅覚を失い、会社にいるのもつらくなって退職。
家に届いていた松岡さんからの手紙も、読まぬまま郵便受けに放置し、塞ぎ込む。
憂鬱な気持ちで散歩をしていると、見慣れない花屋「ラーレ」を見つける。店員の青年に
勧められて一輪買ったチューリップが、チエの生活に再び彩りを与えていき・・・

<感想など>
「ラーレ」とは中近東の言葉で「チューリップ」の意味。
田口さんの小説は、確か高校生の時に実家の町の図書館で、彼女のデビュー作「コンセント」を
借りて読んだのが唯一の経験だったように思う。
内容にも文体にも当時はどうも親しみを感じられず、最後のほうまで読むも、結局読了しないまま
ギブアップしてしまった記憶がある。「この人が恋愛小説?」寧ろそういう意外性を感じつつ
当時読了できなかった経験からの不安もチラリと頭をかすめた。でも構わず読んでみた。

良くも悪くもよしもとばななの後追いという印象。主人公の心の病みとそこからの癒しの過程、
意図的に稚拙さを狙った言葉選び。初めて読んだ時と作風が随分変わっていたので驚いた。
「すべてのものに~」が、ややはすっぱな30代女子向けだとしたら、この作品はもう少し
うぶな女性向け。チエの幼さから考えると、20代女子向けか?こういううぶな女性がタバコを
吸うものなのかなあという、偏見めいた疑問が浮かぶのだが。例えばチエがタバコをふかす姿は
とても想像できない。一人で一方的な「恋愛ごっこ」を繰り広げて疲れてしまうくらいなのだ。
しかし、チエが具体的にどんな雰囲気の女性なのか、イメージできそうでうまくできない。
「かわいいキャラも苦手」な「つまらない女」で、特に好きなものもなく、頭がよさそうとは
お世辞にもいえず、モノローグでは「~かしら」「~わね!」と言ったり「~だよ」と言ったり。
無機質で没個性ななかに、中途半端に女性らしさらしきものを覗かせるので違和感を覚える。
店員の青年の設定が面白い。誰もが、趣旨(=恋をしたくなってもらう)からして、
この青年とチエが新たな恋に落ちてハッピーエンド、という展開を予想するのではないか。
しかし彼はそうはいかない。

青年は、花に恋をしているという。報われないが、ずっとしているという。
チエの側でも青年に恋愛感情をもつことはない。なかなか肩透かしを喰らう展開だ。
出だしの時点で語られ、その後も比喩で何度も顔を出すが、放置していた松岡さんからの手紙を
やっと開くと、実はそれなりに両思いだということが判明する。しかしこの手紙、彼自身も
言っている通り、遠回りだわ古風だわ、色々とついていけない。手紙を放置してからそれなりに
時間が経っているはずなのだが、これってハッピーエンドなのだろうか・・・???



「恋をしたく」なったかはともかく、「くつろぎのひととき」より「突っ込みのひととき」に
なったような気がするのはともかく、
「鞄に常備している漱石の文庫本を病院などの待ち時間に偶にのぞくぐらい」だった
停滞していた読書ライフに、ちょっとした風穴をあけてくれたのは確かでしょう。
この二人の現在の小説を(ショートショートですが)ちゃんと読んだのは初めてだし。
読書への恋慕という意味なら、確かに「恋がしたく」なるきっかけをもらった本になりました。
ベッドの上には小説やら新書やらはたまたマナーブックやら、色々な本が読み切れないまま
雑多に積み上がっていますが、また、本の虫だった昔のように、時間を忘れてずーっと
これらの本の読破にのめり込んでしまうのも、ちょっといいよなと思いました。
子どもの頃から、本を読むのが大好きで、フリーペーパーでもいいから常に手元に
読むものがないと落ち着かない活字中毒。
今は書くのも定期的に楽しんでいるけれど、よりよく書くにはもっともっと読まなければ。
たまには書くのをしばらく放り出して、読みまくる期間が欲しいなんてちらっと考えながら、
結局また新しい記事の構想を思いついて下書きを始めてしまう、そんな今日この頃です。



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GP CAR STORY Williams FW14B「あの頃のF1オタクは必読のシリーズ!伝説のクルマの悲喜こもごも、すみずみまで見逃さないで」

「92年のチャンピオンカーにしてお化けマシン、ウィリアムズFW14Bに特化した
本が出てるらしい」という情報を最近ネットで得て以来、もう、そわそわ。
どうも昨年の本らしいとも聞いたような聞かなかったような気がするのですが
どっちにせよ読んでないんだし関係ない。
買うか?!その前にまずは立ち読みして、面白かったら買おう。
そんなわけで早速近場の書店でその書籍を発見、かじりつくように読むも・・・

GP CAR STORY Williams FW14B (SAN-EI MOOK)GP CAR STORY Williams FW14B (SAN-EI MOOK)
(2013/03/07)
イデア

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「あの頃滅茶苦茶印象的だった・速かったマシン」のムックシリーズで、3冊しか出ておらず
他のラインナップはこんな感じ。

GP Car Story vol.01 マクラーレンMP4/4・ホンダ (SAN-EI MOOK)GP Car Story vol.01 マクラーレンMP4/4・ホンダ (SAN-EI MOOK)
(2012/06/07)
不明

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GP Car Story vol.02 フェラーリ641/2 (SAN-EI MOOK)GP Car Story vol.02 フェラーリ641/2 (SAN-EI MOOK)
(2012/11/07)
不明

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セナ、プロスト、マンセルと、いわゆる「BIG4」(アレ、ピケさんがおらんぞ・・・)が
揃い踏みで、特にMP4/4とFW14Bはどちらが最強マシンだったか未だにYahoo!知恵袋等で
ああだこうだ議論されているほどですよね。
MP4/4はドライバーの力に依るところが大きかったのではとか(セナプロ。贅沢過ぎ!)
FW14Bを作った頃のウィリアムズが、のちのシューマッハーのフェラーリなど、
現代に繋がる「マシン、ドライバー、エンジン・・・総合力で勝負するスタイル」のおおもとに
なっているだとか。この本にもその辺色々書いてありますから、専門的な話はここでなくて
詳しい本やサイトをあたっていただければ。

FW14Bってこんなクルマ。
FW14B-1.jpg
ゴーカイな走りと、猪突猛進タイプでちょっぴり天然?なキャラが日本でも人気だった
ナイジェル・マンセルが、腕力と知力と思い切りを発揮してチャンプまで獲ったクルマ!
FW14B-2.jpg
後に書きますが、乗りこなすのはマンセルには及ばなかったものの、のちのチャンプ・
デイモン・ヒルと共に開発に尽力した「最強のセカンドドライバー」リカルド・パトレーゼ

この本で初めて知ったのですが、FW14Bは、92年シーズンの序盤だけ暫定で登場してもらい
中盤からは新車のFW15の出番だったはずが、いざ走らせてみるとFW14Bが凄すぎると判明、
シーズン通して使い続けることになったと。数戦だけの暫定車が、天下取っちゃったわけです。
なんか映画や小説に出てくるエピソードみたいに劇的すぎるわ、よくできてるわ。
で結局FW15はその間も開発が進み、FW15Cとして満を持して93年に登場することになります。
そんでまた圧勝すると・・・
そして、このマシンは、現代のF1でも活躍しているという恐ろしき天才デザイナー・
エイドリアン・ニューウェイの作品というイメージがあったのですが、
読んでみると実はパトリック・ヘッドの功績がかなり大きいのだと。
やや保守的なヘッドが、時に過激なまで先鋭的なデザインに走るニューウェイを
うまくセーブして、例えば空力はニューウェイに任せて他の部分は・・・といった具合に
ヘッド中心にまとめあげてつくったクルマだった、というのが真相のようです。
この本を読んで一番意外だった点かも。

でも、前年のクルマでFW14Bのプロトタイプの、FW14の時点で、マシンのコンセプトは
既に完成されていて、実際に91年は大いにマクラーレンを脅かしていました。
FW14.jpg
91年シルバーストーン。ガス欠でストップしてしまったセナをタクシーしながら
ヨユーのウイニングランのマンちゃん。セナとマンセルの名場面の一つですね。
FW14-2.jpg
FW14はなぜかカラーリングが3種も変わっていたそうで、序盤の頃はこんな感じでした。
序盤は信頼性がイマイチながら、パトレーゼがブラジルで2位。セナが優勝してめちゃめちゃに
泣いていたあのレースです。

92年はウィリアムズFW14Bがあまりに強すぎて、こういう光景が日常になってしまい、
F1離れを起こしたファンもいたようで・・・
Mansell_Patrese.jpg
右側の髭のおじさんがマンセル。マリオをリアル人間化するとマンセルになるって本当?
そして、左側で喜びつつも、微妙に複雑な表情を浮かべているのがパトレーゼ。
この本における二人の描かれ方があまりによく出ている画像。

モナコでセナが勝たなかったら、表彰台では↑の光景がずーっと繰り返されるばかり
だったはず。あのレース「絶対に抜けないモナコモンテカルロ」がドラマティックなのは
そういう背景もあったのです。
モナコといえば、最後にマンセルがヘロヘロになり、立つこともままならなくなって
路上に座り込んでしまう姿もありました。
オンボードから見える挙動が驚異的にスムーズなのもあり、さぞかしスイスイとドライブ
しているものかと我々には映りますが、実はあれこそがFW14Bを乗りこなす本当の大変さが
表れた場面だと、後半のマンセルインタビューで語られています。
ハイテクマシンに見えて、実際には腕力勝負、体力勝負のマシンだったようです。
また、セナの映画で91~92年が描かれるとき、セナはドライバーでなくマシンやチームに敗れた
かのように描かれ、VSプロストほどライバル(=マンセル)との闘いが前面に出ていないと
不満を述べていたのもマンセルらしく、これは確かに「言われてみれば」と納得。


実際のシーズンでもそうでしたが、この本のなかで更に強調されて描かれているのが
マンセル>>>>>コース上の塵>>>>>>>>>>パトレーゼ
という位置づけ。本書におけるマンセルageパトレーゼsageは凄まじく、91年からF1観て
パトレーゼを応援してきた私は、本屋でマジで泣きそうになりました。やりきれなくて・・・
同じマシンに乗っているのに、ダブルスコアの差がついて、何とかランキング2位は
取ったけれどそれはセナやシューマッハーに物凄く肉薄されながらの結果で、
ライバルは「マンセルは無理だけどパトレーゼなら追えそう」と言わんばかりに
真っ先に標的にされて、デビュー2年目のシューマッハーに追い回されて・・・
(で翌年はシューマッハーにボコられるわ、チームに虐められるわ、と・・・)
ここまでクソミソに書かれるんだったら、この本はいっそ「マンセルとFW14B」に
特化したほうが、「ポンコツのチームメイト」のことを思い出さなくてすむわ!
パトレーゼの熱烈なファンだという人には勧められない本です。FW14とか、FW13Bの本
出ないかなぁ、出るわけないけど。パトレーゼはそちらのマシンの方がいいですね。

そのうえで余計わからないこと。
よく知られているように、パトレーゼは明らかに(ベネトン行っても)、新兵器・
アクティブ・サスペンションに馴染めず、FW14Bに初めから手こずっていたし、
マンセルはFW14B以前にもアクティブサス経験があった(成功していたかはともかく)。
ドライバーとしての腕だって、どんなに盲目なファンでも「パトレーゼ>マンセル」と
言う奴はいないはず。つまり誰が見たって、マンセルがパトレーゼをかつてのピケばりに
警戒する必要はないんじゃないか?と思われるのですが、
「ふたりなかよし」に見せてきた裏で、マンセルはパトレーゼ側にデータを教えなかったり
嘘を教えたりしていて、パトレーゼがマンセル側の裏切りに気付いたのはシーズン終盤、
マンセル側の「嘘・秘密主義」はフランクなどチーム上層部にまで及ぶほどだったという
マンちゃんのパブリックイメージとかけ離れた政治的な姿がこの本で暴かれています。
「私の好きなマンちゃんじゃないやい!」悲しくなったけど、チャンピオンになるって
こういうことかもしれません。そして、コース上でしょっちゅう譲ったり譲られたりといった
屈辱を強いられて「バカヤローふざけんな!」と言えないパトレーゼもまた、残念ながら
「いいとこ止まり」の器だったということなのかもしれません。
・・・なのに、です。
なぜ、マンセルはそうまでしてパトレーゼを厳戒マークし続けたのか??

blog開設期にマンセルの記事を書いた時は、なにせ観ていない時期なのもあって
80年代半ばのネルソン・ピケとの激しいチームメイト間バトルを知りませんでした。
セナプロは双方の尊敬が根底にあるライバル関係で、最後には美談になるほどですが
ピケマンは、ピケが意地悪さんなのとマンちゃんが冗談通じないタイプのために
ただただ洒落にならない最悪の間柄。二人でやり合っている隙を、プロストにつかれ
漁夫の利をとられてしまうほど。
そんな二人、当初は2度のワールド・チャンピオンを獲っているピケが圧倒的優位。
しかし次第にマンセルが覚醒し、ピケを凌駕する場面が増えていき、泥沼の争いへ。
以降、FW14Bを手にするまで、実力者ではあるけれどチャンプにはいつもなれない、
不運ながらその才覚は多くの人に認められるまでに育っていったのです。
誰も初めは、マンセルがピケと対等に戦えるなんて期待もしていなかったのに。

推測になりますがやはりこの時の体験が、マンセルのトラウマになっていて、
当時の自分と同じ位置にパトレーゼが立つことを、過剰に想像してしまったのでは。
91年のパトレーゼはキレキレで(だからファンになった)、シーズン通算すると
予選で9-7でマンセルをぶっちぎったり、アメリカやメキシコでは「おい、危ないよ、
ぶつかるだろ!!」とヒヤヒヤするほどの至近距離でドッグファイトを繰り広げる
場面がみられたりして、観ているほうにはなかなか面白いことになっていましたが
これがマンセルにとっては「脅威」だったのでしょう。
但しマンセルは後半盛り返し、セナとチャンプ争いまで持ち込んでいるし、マシンの
信頼性も後半の方が良いしで、何だかんだでマンセルの方が「持ってる」のは明らかで
仮に「情報操作」無しで戦っていても普通にマンセルが勝っていると思うんですけどね。
一説には、マンセルは思いこみが激しく、被害妄想が強い人物だという話もちらほら。
それまでの人生が苦労人過ぎたから、悪い方へと物事を想定しがちなのかもしれません。
ただ、一介のパトレーゼファンとしては、「情報操作」なしのガチ勝負だったら
一体どこまで健闘できたのか?史実ほどボロクソにやられたのか?を観てみたいという
興味はあります。もっとがっかりするかもしれないけど。

情報量に少々圧倒されながらも、懐かしくなってその日はYoutubeでF1三昧でした。
甘いにがいあの日の想い出が蘇る、徹底的にマニアックなムック本。
詳細なデータもたっぷりなので、F1オタクの自負がある人にはきっと保存版!

MP4/4や641/2のほうも読んでみたくなりました。



おまけ、シューマッハーファンのあなたへサービス。
92michael.jpg
92年は初めてシューマッハーが優勝した、記念すべき年!初表彰台は母国ドイツと
めきめき頭角を現してきた年でしたね。
まだまだ幼さが残り、実は結構「イタズラ大好きの悪ガキ」の表情を頻繁に覗かせていた、
今から見ると新鮮すぎる、この頃のシューマッハーは嫌いじゃないです。
そんな彼も引退してしまい、リアルで見たドライバーがいまやひとりもいない現状は
やっぱりちょっと淋しいなぁ。

あ、よかったらFC2のF1動画↓も観てって下さい。このところ全然F1関連記事を書かないから
新作がないので、書庫と化してますけど。たまにまれにチェックしてますんで。
http://video.fc2.com/member?mid=11526797
「投稿動画数」の数字をクリックすると、これまで投稿している動画のリストが出ます。



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小説の映画化:その1 絲山秋子『ばかもの』「素晴らしい物語と素晴らしい役者、演出との化学反応。絶望の果てで力強く煌めく希望」

今秋、幕を開ける「相棒 Season11」から、新・相棒役を務めることが決まった
成宮寛貴くんと、気づけばすっかり円熟した女優さんになった内田有紀さんの
W主演と二人の熱演で話題になった、映画「ばかもの」。

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既にDVD化され準新作扱いになっているので、観た人は多いと思いますが
この作品には同名の原作があるんです。

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私は本作の原作者で芥川賞作家の絲山秋子さんのファンなので、
どうしても原作を読んでからこの映画を観ることにしないと気が済まず、
結果、映画を観るのがちょっと遅れてしまい、ようやっといま感想を書けるわけです。

あらすじとしては、主人公の大学生「ヒデ」が年上で勝ち気な女性「額子」と出会って
激しく愛し合うも、2年後に額子が別の男性との結婚を理由に突然ヒデに別れを告げ、
ヒデは何とか大学を卒業し就職するも、重度のアルコール依存症に陥り、破滅へ。
リハビリ施設を出て、ひょんなことから額子と再会すると、額子は事故で左腕を失い
そのことをきっかけに離婚して、山中の静かな村でささやかな一人暮らしを営んでいた。
壊れた男と失った女は戦慄の再会を果たし、そしてやがてもう一度愛を育み、
ふたりなりのやり方で今度は永遠の未来に向かって歩き出す・・・といったものです。
(ネタバレですが、文庫本の裏表紙にこのくらいのことは書いてあるので)

映画はかなり小説に忠実なストーリーで、あまり大きな違いはありませんが、
やはり「小説にしかできないこと」「映画にしかできないこと」があるわけで
小説の良い所を最大限活かしながら、映画ならではの魅力的な演出が加わって
感動的かつ感情移入しやすい名作
になっています。
小説と映画の相違点や名シーンをピックアップして、双方の魅力を見つめてみましょう。


<相違点>

映画は、ヒデ(と額子)の、1999年から2009年にかけた「10年の物語」だが
小説は特にそういった括りはない。もう少し長い

映画公式サイトによると、金子修介監督は成宮くんに「男の10年の演じ分けを5段階にしたい」と
説明したのだそう。映画を観ると、無垢な少年から自立した大人へ、見事な演じ分けを堪能できる。
映画より小説のほうが時間の経過が長いと分かるのは、最後の、ヒデと同級生のネユキの年齢が
登場する場面(後述)より。

冒頭は、額子が「やりゃーいーんだろー、やりゃー」と服を脱ぎはじめる(小説)、
小説にもヒデのモノローグで登場する、額子との不意の出逢いとデートと・・・(映画)

小説では「餃子」「オオスカシバ」などのキーフレーズが章を支配する文学的な流れ。
映画は出来事が順序通りに進んでゆく、わかりやすさ重視の流れ。
因みに、額子とヒデが映画を観るシーンでは、小説ではゴダールなのに対し、映画では
ポルノ映画で、どちらも違う意味でヒデが面食らう。

小説のみに登場する『想像上の人物』
これを映画化したら、CGになるの?と危惧していた場面だが、映画では登場しなかった。
実在しない、ヒデの妄想のような女性で、額子に性的悪戯をされてフられた哀れなヒデを
救い出したり、年月を経て額子と対峙するときに額子に重なって映る、小説での重要人物。
絲山作品に時々登場する幻想的なモチーフの典型(他には「海の仙人」の「神様」など)
だけど、ちょっと抽象的なエピソードだしややこしくなるので、映画には不要か。

ネユキこと山根ゆきは引きこもりではなく「元引きこもり」で普通にクラスメート
小説では大学に全然来なくて、自身を「眠り病」と呼んでいるネユキだが、
映画では普通にヒデの隣によく座っており、友人の加藤にひやかされている。
因みに、加藤のガールフレンド(後の妻)は、小説では合コンで出会った短大生だが、
映画では大学の同級生で、ヒデやネユキと一緒に4人で座っていたりする。

ネユキのイエス愛聴や作品を貫徹する「ラウンドアバウト」のモチーフはなくなり、代わりに
モー娘。、ポルノグラフィティ、島谷ひとみ、オバマ大統領など、時々の時事ネタが登場

残念だったが映画を観る層を考えれば仕方ない。現代の女子大生が「イエスしか聴かない」のは
小説でも少し無理を感じなくもなかった、イエス好きとしては嬉しいことこの上ない設定だったが。
ラウンドアバウト」の歌詞に出てくる「僕は迂回するだろう、僕は君を忘れないだろう」は
小説で大事なモチーフとして何度か出てくるので「いいのかな?」と思ったけれど
やはりこれも小説だからこそ活きる。映画にあると多分蛇足だっただろう。
絲山作品ではこのような古めの音楽ネタ(クリムゾンだったり、ストーンズだったり)が
よくモチーフとなり、そこも好きな理由なのだが、ちょっとマニアックすぎるのか。
時事ネタは、少し重たい物語が繰り広げられる映画を、キャッチーにしてくれたと感じた。
時間の経過(ヒデの10年の物語)も分かりやすくなるし。
なかでも、ヒデが働く家電量販店で、TVにテツandトモのビデオが流れていて笑った。

映画では、所々でヒデによるなんちゃって俳句が詠まれる
小説には当然ないエピソード。ちゃらけた雰囲気にしたかったのだろうが、蛇足のような。

翔子は小説では加藤の婚約者の「友人」で、映画では「高校の先輩」
「翔子」とあるとどうしてもしょこたんを思い浮かべてしまって小説では困った(笑)。
もちろん、その手の女性ではなく、慎ましいタイプ(小説も映画もこの像は同じ)。
ヒデが額子と別れた後、結婚を前提に2年ほど付き合った女性。ヒデのアル中が原因で破局。
小説では翔子が両親の元へヒデを紹介しに行っている(が、断られている)が、映画では
このシーンがなく、逆に翔子の机上に「ゼクシィ」系の雑誌が置いてあってヒデが困惑する。
小説ではその間にヒデにモテキが到来する(ヒデの方がその気になれず、長続きしない)が
映画ではそういった描写はなく、額子の次の彼女が翔子だと思われる。

「少し前に閉鎖された高崎競馬場」の変わり果てた街並みに「よそ者だ!」と憤る
幻想のようなシーンがない

ヒデの疎外感を象徴する、小説にあるエピソード。しかし気がつくと元の街並みに
戻っていて、映画と同じように酒を買ってベンチに横たわって酔っぱらって寝ている。
高崎競馬場の名残のある街並みは新興住宅街に取って代わられていて、人間くさい匂いがなく
「悩みのある人間はここにはいない。ここに不幸はない。ここに死はない」と
田舎にあった人間らしさの喪失と都会の無機質さをえぐり出した、ヒデの激しいモノローグ。
但し、映画はヒデと額子のラブストーリーがメインなので、このテーマまで盛り込むと
さすがにあっぷあっぷか。

小説で小出しになっていたエピソード「姉の結婚式で泥酔して、式を台無しにする」が
映画では大きめの出来事として取りあげられ、これが原因で父はヒデを勘当する

小説では、語り手のヒデが男性主人公ということもあって、家族関係は常に貶しがちで、
照れ隠しのように綴られる(但し、両親の大切さを良く分かってもいる)が、
映画ではどっしりとした演技のできる俳優さんを父母姉に起用して、家族関係、家族の絆を
密に描いている。後述するように、家族関係の映画オリジナルエピソードもある。
勘当自体は小説でもあるが、特定の事件がきっかけというより、日頃のアル中が原因と
推測される。

ネユキは宗教団体の幹部で捕まる側(小説)なのが、映画だと殺される側
ヒデが額子と再会して、通い愛生活を送っている、終盤に近いタイミングのエピソード。
この転換は結構大きいと思ったが、映画でネユキを演じている女優(中村ゆりさん)の
儚いイメージに近づけたのかもしれない。
ネユキの年齢が登場するのはこのシーン。事件がTVで報道されている。

ヒデは、リハビリ施設退院後に務めていたアルバイト先のラーメン屋の職を失うが、
小説では店の倒産が原因で解雇されるのが、映画では自ら退職する

この後、ヒデは額子と暮らすことを小説でも映画でも決意するのだが、
映画の設定(自発的な退職)の方が、ヒデの意志がより強く感じられる。
小説の設定は自然な展開ではあるが、失職しなかったら「額子と暮らす」という選択を
なかなかしないようにも思える。ヒデは仕事にやり甲斐を感じて働いていたので。

映画のみに登場する、ヒデが家族に直談判して額子との交際の許しを乞うシーン
父母姉は「もうあんな思いはしたくない」「あの女は悪魔」とまで言う。
つまり映画では、ヒデがアルコール依存症に陥った原因は額子との破局だと断定している、
少なくともヒデの家族は。しかし小説では再会後のヒデと額子の恋愛についてとりたてて
干渉する場面はなく、アルコール依存症に陥った原因は、額子とのこともあるけれど、
「行き場のない思い」に起因し、その「行き場のない思い」は現在でも消えないとヒデが
モノローグで述べている。小説は、ラブストーリーだけでなく、行き場のない若者世代、
喪失や絶望を経て社会のレールを外れた人間たちの、疎外感や不安、そして可能性の模索が、
裏テーマとしてあるように思う。


<出色のシーン、エピソード>

童貞の19歳から自立の29歳までの、ヒデの顕著な成長
前述したが、全部全然違うヒデがいる。見た目や口調まですっかり変わっている。
成宮くんの演技力にとにかく舌を巻く。

額子が可愛い
小説の額子は、口は悪いわ、ガサツだわで、はっきり言って可愛げがなかなか感じられない。
しかし内田さんが演じたことで、強気だけど可愛げもあり、ときに弱さもある女性として
とても魅力的な額子が誕生したように感じた。
数々のはすっぱな台詞をどうするのかとソワソワしていたが、全部ばっちり決まっていた。
再会したときの総白髪姿にはやはりはじめ驚かされたが、次第に自然に見えてきた。
小説にはないシーンだが、ヒデと口論になった末、額子が子どものように膝をかかえて
泣きじゃくってしまう場面がある。この落差も、思わず見入ってしまった。

美しい濡れ場
絲山作品を読んでいると、異性や性行為に抵抗や嫌悪感やトラウマでもあるのかと
感じてしまうほど、どうも性行為のシーンが汚いのが気に掛かる。悪い事でもしているような。
片想いやプラトニックな関係はあんなに美しいのに。
主役級の女性に、必要以上にガサツな言動(特に口調)が多いのも気になるのだが。
映画ではそこを克服している。美しく、思い切りエロティックだ。
小説に欠けているものを映画が補完しているので、小説だけ読んだ人も、是非、
この映画の方も観てほしいと思う。

家族の絆の強調
アルコールに溺れるヒデを横目に、お酒の瓶を片付けながら泣く母、
ヒデが交通事故を起こして事情聴取を受ける際、震える父、
額子とやり直したいとヒデから直談判を受けた時に泣きながら激怒する姉。
小説でもエピソードが軽く紹介されていたが、映画では家族の側の気持ちが、
映像になること、具体的な仕草になることで、はっきり現れており、
少しさめた印象のある小説と比べ、より多くの人の共感や感動を呼びそうな演出だ。

都会にはないもの・・・高崎、片品という桃源郷
原作者の絲山秋子さんは東京出身ながら、群馬県高崎市に引っ越したのだそうで、
本作の舞台が高崎なのはそれに起因する。
「景色がとても美しい」「山はどこからでも見えるし、山の向こうのことは考えなくても良い」
「人が気さくだがべたべたしていなくて、人間関係の距離感がちょうど良い」とは、絲山さんが
高崎について聞かれた時の回答。
片品については、「県の北東の端で、美しい場所。そこはある意味行き止まりであり、
行き止まりには楽園があるというニュアンスを込めた」とのこと。
更に「群馬の女性は喋りはきついが、情が厚く魅力的」なため、額子という
強烈なキャラクターを生み出すには群馬県が舞台であるのは必然だったそう。
小説でも、映画でも、高崎や片品の自然の美しさ、近すぎず遠すぎない人間関係、
都会すぎない環境、額子の母など情が厚い人間たちにたくさん出逢い、ふれることができる。
高崎が舞台だったから、ラストシーンが片品だったから、成立する作品。

壊れた男と失った女。絶望の果て、社会の片隅の男女の、可能性の物語
自分が読んだことがある絲山作品で、本作ほどハッピーエンドに着地した作品はなかったので
ラストには驚いてしまった。もちろん、嬉しい驚きだ。
拗ねた男や女が最初から最後まで拗ねたままという話が多かったこれまでの作品から
一歩抜け出したのだと感じた。
絲山さんと金子監督との間では「がんばって生きてみるのも悪くない、と心が強くなれる映画」
にしたいという方向性で最初から一致していたのだそう。
その想いはしっかり作品に結実しているように感じた。とりわけラストシーン。
小説でも、映画でも、台詞も映像も極上だ。


素晴らしい物語に素晴らしい役者さんや演出がかけ合わされ、化学反応が起きて
見応えある映画が出来た
ことが、原作ファンとして本当に嬉しいです。
漫画や小説の映画化にはガッカリさせられることが少なくないのに、「いい映画だった」と
満点に近い点数を付けられる作品に出逢えて良かったと思います。
そして、新企画「小説×映画」の記念すべき第一回を、このような傑作で始められたことは
もはや奇蹟に近いものを感じます。
いざ映画のDVDを観るまで、どっちに転ぶか、全くわからなかったから。



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文豪ナビ 夏目漱石:「簡単に手に取れるけど案外深い。漱石世界をすいすい渡り歩けそうな、わかりやすくて重宝するガイドブック」

出先で時間を持て余しているとき、私の専らの娯楽は、読書。
いつも鞄のポケット部分には、2冊くらいの文庫本を入れていて、
その時の気分次第で読み分けるのですが、この頃はもっぱら夏目漱石
というか、去年頃まで振り返ると、もう1年以上ずっとダラダラと
漱石片手に歩いていることになります。
もちろん合間合間に他の本も読みながら。
最近は「隙間時間」がなんだかなくなってきたり、疲れていてウトウトしたかったりして
読書の暇がないままということも多かったので、漱石を読むのはいつもゆっくりです。
集中したい本は家で一人じっくり対峙して読むんですが、漱石の本は私にとって
「ながら読み」「待ち時間潰し読み」にうってつけ。程よく面白く、程よく薄味で。
物語が大きく動いている時以外は、まったりとそのテンポや洒落を楽しみながら読めます。
つぶさに一字一句目を光らせながら読んでいる熱心な方には申し訳ないのですが。

さて、多作な作家の虜となったとき難しいのが、「何から読むのか、次は何を読めばいいか」。
好きなものから読めばいいのだと分かりつつ、子どもの時分に「吾輩は猫である」を読んだり
高校生で「こころ」を読んだりしても、その滋味が分かるはずもなくて。
連作(漱石でいえば、三四郎→それから→門、といった)のようなパターンもあるし。
文庫本巻末についている、題名と簡単なあらすじでは、どうも十分に分からないし、
かといっていま全ての漱石本を揃えるのも・・・
三四郎」→「それから」(今ここ)→「」までは買ったものの、その後を案じているとき
その本は颯爽と、私の前に現れたのです。


文豪ナビ 夏目漱石 (新潮文庫)文豪ナビ 夏目漱石 (新潮文庫)
(2004/10)
新潮文庫

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「文豪ナビ」シリーズ、他の文豪もとりあげて全7冊あります。
そのなかの一つが漱石先生。「先生ったら、超弩級のロマンティストなのね。」という
かなり印象的なフレーズの下にいる、模写しているんだけどゆるい漱石先生のイラスト。
「はじめて漱石を読むわけではないんだけどなぁ・・・」うっすらと抵抗感を覚えながら
それでも、藁にもすがりたい迷える羊(stray sheep)の私は、頑張ってレジまでこの本を
運んでいきました。

開いてみると、まずカラー写真を織り交ぜながらキャッチーに、
こころ」「三四郎」「夢十夜」のイントロダクション「こんなとき読みたい漱石」。
次にスマホの操作画面ボタンにありそうなマークを冠したポップな目次は例の似顔絵つき。
そうして、「超早わかり!漱石作品ナビ」の表紙にはルンルン歩く蛙さんと、
読書慣れしていない人でも親しみを持てそうな親切設計。
ディープな読書好きにはイラッとくるかもしれませんが、もう少し待って。

さてさて「次に何を読めばいいのか」に悩む私にとって最大の読みどころ「作品ナビ」、
漱石おすすめコース」なるものがまず提示され、それに準じた紹介文が続きます。
紹介文はそこそこネタバレで、読む前には良いけれどいま読んでいるとキツイ(笑)。
そして「どうしよう!この順序で読んでこなかったよう!」「40歳を過ぎた大人の読み物の
吾輩は猫である』は、40くらいまで読めないの?読み返そうと思ってたのに!」
「『三四郎』三連作の前に『こころ』や『草枕』を読んじゃった!」とちょっと動揺が!
困ったぞ!どうしよう?
・・・まぁ勿論あくまでひとつの例であって、本文最後にも「順を追って門をくぐるもよし。
興味深い門に真っ先に駆けていくのもよし
」とあるので、大丈夫大丈夫。
参考にしながら、気になる門はちょっと強引にくぐって、後でまた読み返せばよいでしょう。
ナビはあくまで、ナビなんだから。

続いては「10分で読む『要約』夏目漱石」。あらすじではなく、もののみごとに、10分程度
時間があれば読めそうなくらい、きちっと要約されていてこれは本当にびっくり。
吾輩は猫である」「坊っちゃん」「草枕」の3つが登場するんですが、読んだことがない人は
「要約」ということはつまるところ結論まで示されているということ=ネタバレなので注意を。
あのシーンもあの言い回しもきちんと入って10分で要約。
「漱石ナビ?バカにしてんのか?」とご立腹のフリークの方にも、せめてこの章だけは、
いやこの章こそ、ぜひ読んでいただきたいです。

次は、「声に出して読みたい日本語」ほか数え切れないほどの著書がある齋藤孝さんによる
声に出して読みたい夏目漱石」が登場。まんまじゃないですか!
ここで味わえるのは、私が漱石を常備する正にその理由、「テンポのよい文体の小気味よさ」。
私は文体で好きな小説家が決まるタイプで、その人の文体にハマったらどこまでも追いかけ、
逆に文体にピンとこなかったら話が魅力的でもどこか居心地が悪く、その作家とはサヨナラ。
ユーモア、くちぐせ(「頗る」「甚だ」など)、流暢さ、偏屈さ。
これが癖になってしまうと漱石先生から抜けられなくなるのです。とても良い気分になれる。
そして齋藤さんも文体だけピックアップだけではなく作品やエピソードにも言及しており、
漱石文学への愛情がよく伝わってきます。

「漱石文学への愛情」ということで、続いては漱石ファンの作家2名によるエッセイ。

ひとりめは表紙のインパクトあるフレーズ「先生ったら、超弩級のロマンティストなのね。」
が文中から抜粋されている三浦しをんさん。最近書店でその名をよく見るようになりました。
「漱石作品って何か変だぞ」という話から始まって、件の「超弩級のロマンティスト」、
そして「そんな先生は実生活では、女性とどんな会話を交わしていたのか?」という流れで
随想と短編の「硝子戸の中」「文鳥・夢十夜」でその謎を紐解くのですが、
うーん何だか良くも悪くも女臭いというか、「『こころ』は男同士の恋愛では?」と騒ぐ
そのノリがどうにも、最近言うところの「腐女子」みたいでちょっと(苦笑)。
でも、「硝子戸の中」や「文鳥」は一般的にはややマニアックな作品なので、
「漱石の素の姿が垣間見られる本」として、チェックリストに入れたくなります。

ふたりめは「スキップ」「ターン」「リセット」シリーズなどで有名な北村薫さん。
こちらは硬派に、「こころ」一冊で展開。漱石というか読書ライト層を一喝するタッチです。
古書店で見かけた女子高生と店員のやりとりをモチーフに、「愛書家にとっての本とは、
新しい衣服に優先するのは勿論、食事代も切り詰め、デートの数を減らしても買うべきもの」
という「愛書家」と、その極端な主張に納得できない我々「普通の人」との溝をあぶり出し、
そこから展開して「『こころ』とは、どのように読ませるべきか、どのように学ばせるべきか」
という論に入っていきます。「文豪ナビ」という書籍の趣旨が分かっていないようにも
とれますが、「こころ」ひいては漱石文学の奥深さを伝えると共に、この「文豪ナビ」という本を
単にビギナー向けのライトな読み捨て型の読み物に留まらず、玄人層の読書にも耐えうる重みを
与える役割を果たしているように感じられます。

東京に住んでいたならこの章片手に一度は街歩きをしてみたくなる、地図イラスト付きの
漱石文学散歩」がそれに続きます。
早稲田から神楽坂までのエリアに、漱石文学のあの場面もこの場面も、漱石が人生を送った
あの場所もこの場所も集約されているようです。
硝子戸の中」「道草」「それから」「坊っちゃん」、とりわけ「硝子戸の中」から
引用や紹介があって、作品・人物、両面から漱石に興味が沸いてきます。

そして最後に「評伝 夏目漱石」。
産まれて死ぬまでの漱石の一生を辿り、そこから生まれた作品群を辿っていきます。
孤独な生い立ち、若い頃よりの多彩な才能、挫折、神経衰弱や胃炎との闘い、不器用さ、
気晴らしに楽しく書いていたはずの小説がいつの間にか自分を追い詰める苦しみ・・・
どの作家でもそうですが、漱石もまた、その生きざまが作品やそれを制作する過程に
よく反映される作家。漱石という人を知ることによって、漱石の作品も、一層良く
心に沁みて、どんな心情で作品群を産みだしていったかと、思い入れも深まります。
同時代を生きたのにタイプはまるで正反対の文豪、森鴎外との比較も印象的。
二人の人生は対照的で、なのに不思議とある部分ではリンクしていて、興味深いです。
どちらのタイプの生き方が好きか、ちょっと考えてみてもいいかも。


あっさりと始まるけれどやがて深い読み物と化していく。
簡単に手に取れる割に、色々な読み方・使い方が出来る。

軽い気持ちで買った本だけど、案外重宝して、長く手元に置いておきそうな気がします。
おぬし、なかなかやるなぁと。


それを振り返りつつ明日も隙間時間に「それから」。威風堂々とニートをしている代助は
ムカつくけれど清々しくもあり。そろそろ例の三角関係のライトが、黄色信号に変わってきた
頃合いです。ワクワクしながら、時間をじょうずに潰そうという日々はしばらく続きそうです。
続編「門」もスタンバイしているし。
というか、他の本だってまだ10冊近く置きっぱなしだし!
「本を読む」と「音楽を聴く」と「映画などのTVを観る」と「ブログを書く」と「交際」と
「一人暮らしの家のことをする」と「デイタイム」と、華麗に全部両立する方法は
どこかに落ちてないものですかねえ。

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村上龍:「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL)

いつもの副題じゃないです、これが今回レビューする本のタイトル。しかも「」や()込みで。
村上龍さんの本「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL)

「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL) (幻冬舎文庫)「わたしは甘えているのでしょうか?」(27歳・OL) (幻冬舎文庫)
(2009/04)
村上 龍

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ほぼタイトルのインパクト買いでしたね、中古なのをいいことに、内容もほとんど見ないで。
で、実際読んでいくと、これがまた問題作。
賛否ばっくり分かれると思います。

村上龍さんが、主に20代~30代の若い「女子」から寄せられた相談に答えるという主旨。
しかし具体的に「雑誌○○に寄せられた」といったくだりがないので、質問の出自は不明。
龍さんのサイトですかね?それとも、龍さんが自身で質問や年齢や職業を拵えたのか?
でも、質問者の表現にしばしば「いまいち意味がわからない」と言っているあたり、やはり
どこか経由で龍さんに寄せられた質問のように思えたり。
いや、「今の若い子ってこんなことよく言ってるよな」と自作している可能性もあるのですが。

質問の内容は、「はじめに」で龍さんが語るところに拠ると「バカバカしくも切実な悩み」。
具体的には、毎月の生活費や職場での人間関係や就職・転職や恋愛・結婚などの日常の悩み。
「マスコミに登場する識者がおもに語るのは政治・外交・経済などいわゆる天下国家についてで
多くの個人が抱える「バカバカしくも切実な悩み」は無視されているように見える」という
問題意識に端を発して挑んだ、相談・回答集です。


質問を見ていると、一定の傾向があることに気づきます。
・世の中や問題それ自体に関して、曖昧なイメージ、印象でものを判断している(周囲の人も)
・マスメディアが創り出したイメージや報道に踊らされている
・他人と自分とを比べて、イライラしていたり、落ち込んだり、焦ったりしている
龍さんはそこをすかさず指摘します。それなりに「そう思う気持ちはわかります」などと
同情を示すこともありますが、基本的にはお茶を濁すような慰めのクッション言葉は一切かけず、
質問者に問題の本質を明るみにして、現実を直視させるよう促す回答。
悩みやトラブルへの対処は、まず現実を直視することから始まる」との信念に拠る態度です。

問題意識の発端が「マスコミに登場する識者」への反感ですから、マスメディアの創り出した
固定観念や、おもしろおかしい報道や、それらに騙されているとの告発が最も冴えているのでは。

経済評論家が「年収300万円でも楽しい暮らしができる」という本を書いたり、テレビで識者と言われる人が「昔の日本人はもっと身の丈に合った暮らしをしていた」と言ったりしてる。でも彼らの年収は300万円ではない。(中略)そんな人たちから「金がなくても幸福になれる」なんて言われても頭にくるだけです。
(自分の年収300万円生活と団塊世代との格差への怒りを訴える女性に対して)


テレビドラマや漫画では「あ、この人だ」という感じで出会いが描かれているけど、大衆文化というのは、そうしないと観る側がそこに夢を持てないから、そういう描き方をするものです。現実にそんな恋愛や結婚が成立する時代があったかというと疑問です。(中略)「これぞ私の理想の人」なんていう出会いは、ほとんどないんじゃないですか。
(本当に好きな男性に出会って結婚したいが、そういう人が見つからない、という女性に対して)


あまりテレビや雑誌にヒョコヒョコでてくる人は信用しないほうがいい。本当にハッピーで充実していたら、べつにでる必要はないですから。(中略)ある意味で自分のプライバシーを売っているわけだから、基本的に寂しい人なんです。そういう人に影響を受けるのはよくないと思う。
(テレビや雑誌に登場するカリスマ主婦などを羨んでしまう女性に対して)


ほかにも、龍さんがこれまで出逢ってきた人たち、「13歳のハローワーク」などの著作のための
取材で知った業界の実際、調べたデータなど、具体例を紹介して、質問者の抱える問題に対する
曖昧な印象をはっきり可視化します。
強烈なのはやはり「13歳のハローワーク」に関する講演会などでもよせられた
努力すれば報われるというけれど、実際には努力しても報われない社会なのではないか
という問いに対するエピソード。
「あなたの言う「努力」というのは、具体的にはどういうことを指すのか」と聞き返しても、
「「報われる」というのはどういう意味か」と聞いても、答えが返ってこないのだそう。
現代では、会社によっても雇用形態によっても、その人が何を選ぶかによっても、
「努力」や「報われる」の中身が変わり、曖昧な言葉、概念になっているので、
まずは自分にとってのそれぞれの中身を、正確に把握しないといけない」と龍さん。


曖昧な不安や怒りをそのままにしている「女子」達に対して、龍さんは容赦しません。

本当はわかっているんです。彼女が何をしたいのか、僕にはわからないけれど、本人にはわかっている。でもそれを自覚するのが怖かったり、面倒だったりするから、おっくうになっている。
やりたいことがはっきりしたら、そのためにすべきことは決まってしまいます。行動を起こさなければならないわけです。それよりも曖昧な不安の中にいるほうが、ずっと居心地がいい。(中略)
「自分は何がしたいのか」がわからない限り、何のアドバイスもできないんです。
(このまま今の仕事を続けていくことに何となく不安がある女性に対して)


この人は現状に不満があるのでしょうが、結局、何が嫌で、何を改善したいのかがわからないみたいですね。
自分自身や自分がいまいる環境を向上させようと思っても、どこが嫌なのか、どこを変えたいのかをはっきりさせない限り、無理だと思いますよ。
(派遣社員としてルーティンワークをしていると不安になる女性に対して)


だから、大変で面倒くさいですけど、
個人的に戦略を持って立ち向かうしかないんです。
(前述した、自分の年収300万円生活と団塊世代との格差への怒りを訴える女性に対して)


本のタイトル「わたしは甘えているのでしょうか?」は、それすなわち龍さんからの
「君たちは甘えていると思うよ」という回答なのかなぁと感じます。

ところで、質問者たちの不安や怒りの具合は様々。
「若いうちは楽しく遊んで何が悪い」という、相談というより挑発や提唱に近い人から、
「周囲にお金持ちの友人がいると、不安になってくる」という、ムカつく気力もない人まで。
何となく質問を投稿してみた人と、深刻に悩んで弱っている人と、二分化している印象です。


龍さんの「君たちは甘えていると思うよ」という直球型のアドバイスに対し、文庫本の解説を務めた
年間1,000人近くの悩める「女子」に生対面したり、悩み相談を受け付けている蝶々さんは
女性の立場から、やわらかに苦言を呈しています。

「ディープに悩んでる人ほど、現実(自分)を直視したくないみたいなんですが。頑張ったり問題に向き合う前に、とりあえず傷ついたり弱っちゃってるので、優しくしたり励ましてほしいんだと思うんですが・・・」
「女の子の悩みって、いくつであっても世間でいうキャリアであっても、たとえ立派な医師であっても新聞記者であっても、(ただ聞いて、うんうんっていってほしいだけ)ってところ、本当にあると思うんです。だから、どうしても、「村上さーん。そんなバサッといかずに、もうちょっとこう、優しくしてよ?」と思ってしまう。」
「今度、女性にアドバイスするときは、もうちょっとだけ、同調したり、それもわかるよ、と愛の合いの手も挟んであげてくださいね(ハートマーク)」


はじめは、よく一般に言われる「女性はただ悩みを聞いてほしい。聞いてもらえればそれで
解消する。男性がよかれと思って正攻法の回答をすると、かえって反発される」とか
「男性は問題を解決したいと考える生物。悩みを人に相談しない場合も多い。そこで女性が
悩みを打ち明けてくれず、何を考えているのかわからないと不満を抱くこともある」といった
男性と女性の違い」からくるのかなぁと考えました。

しかし、先日ふたつのTV番組を観ていたら、男女双方の固定観念が揺らぎました。
まず、「テレビ寺子屋」という、フジテレビ系列で早朝に放映している番組に
心理カウンセラーの先生(男性)が出演し、講演をしていたのですが
「悩みがある人に対して、ひたすら同調する(うんうんっていう)と、それだけで解決する
こともある。逆に、良かれと思って回答を急ぐと「分かってくれない!」と不信感を招く」
と語っていたのです。そして具体例として挙げていたのが男性の相談者だったのです。
ここで、「男性でも、悩んでいる人に対しては、同調するほうがよい」との転換。
次に、「グラン・ジュテ」という、Eテレで放映している様々な女性の半生を紹介する番組に
テキスタイル・デザイナーとして世界規模で活躍している女性が出演していたのですが
彼女は不安にぶつかるたびに新たな道を切り開き、そのためならお金も貯めるし
英語の勉強を1年間ずっとしたりもする、大変なハングリー精神を貫いていました。
ここで、「女性でも、問題解決と行動に真っ正面から取りかかることはできる」と。

性別を要因に出来なくなった時、じゃあ、ふたつの差はどこで分かれるのかと
改めて考え直すことになりました。そうして私が辿り着いた結論は、
「その人が必要としているのは産業カウンセラーか、心理カウンセラーか」
言い換えれば「今、その人はどれだけ強いのか、あるいはどれだけ弱っているのか」。
産業カウンセラーであれば龍さんのように、相談者にダイレクトに現状を突きつけ、
行動へと駆り立てるのは極めてまっとう。
龍さんは、いわば優秀な産業カウンセラーなのだろうな、と思うのです。
逆に心理カウンセラーであれば、蝶々さんや男性カウンセラーのように
「ただ聞いて、うんうんっていってあげる」べきで、龍さんの対応では不適任。


この本が役に立つのは、甘えずに問題の本質を見て行動に移れる強さがある人。
そして、甘えずに問題の本質を見て行動に移ることを強さだと思う人。
「弱音を吐きながらも何とかそれなりに生きていてはいけないのか?甘えや弱さがあって
それを互いに支え合ってこそ人間なのではないか?」と疑いをもつ人も居ると思うから。
とくに現代の時勢では・・・
肉食系サバイバル派と草食系サバイバル派とでも形容できそうな派閥があるのを感じますが、
その溝はあまりにも深く、ちょっとの言葉やエピソードの羅列では揺らぎそうもありません。
でも、私のように、ふたつの派閥の中間で彷徨って、または両方の面を併せ持っている人は
いい意味で、価値観の揺らぎを楽しみ、そこから学ぶ格好のきっかけになると思います。

テーマ:考えさせられる本 - ジャンル:本・雑誌

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